謎とアクションを含んだ長編物を書く事が多いのですが、サンプルと言うことで短編を。 《満月》  夕日に照らされた山々が真っ赤に燃え上がる。  人里離れた山間部の小さな村は、ゆっくりと闇に包まれようとしていた。 「今夜は満月よね」  窓の向こうに広がる木々の隙間から僅かに顔を覗かせ始めた大きな月を眺めながら嬉しそうに言ったセシルに、母のアニタが歩み寄る。  そして黙ったままセシルと窓のあいだに滑り込むと、後ろ手にカーテンを閉めた。 「駄目よ、セシル」 「母さん……」 「村の人に見られたらどうするの」 「そんなの平気よ」  心配そうに言ったアニタを見て、セシルは肩を竦めた。  溜め息をついてアニタが続ける。 「いつも言っているでしょう?あなたは特別なの。だから満月の夜は――」 「『外に出ては行けません。カーテンも閉めて部屋でじっとしていなさい』でしょう?もう聞き飽きたわ。でもどうしてなの?満月の夜は村のお祭りでしょう?どうして私だけお祭りに行っちゃいけないの?」  満月祭り――  それはこの村で満月の夜ごとに行われる、若い男女のために行われる祭りだ。  男性が自分で捕まえたウサギのシッポを、女性にプレゼントする。  女性がそれを受け取れば、二人は将来を誓い合った事になるのだ。  村の者たちは、小さい頃からその時を夢見、憧れていた。  当然セシルもそのうちの一人だった。 「だからあなたは――」 「みんなと違うから?」 「……そうよ。分かっているなら、もうこれ以上母さんを困らせないでちょうだい」  アニタは複雑な顔で微笑んで、首を横に振った。  セシルは今年十六歳。  輝くブロンドを持つ、村でも評判の美少女だ。  当然のように言い寄る男も多く――  だから母が心配するのも仕方のない事ではあった。  だが、年頃のセシルは「みんなと違うから」などというだけでは、村祭りに行ってはいけない理由として納得できるはずは無かった。  それに今日はいつもの満月の夜とは違っていたのだ。 「セシル、ねえ今日こそは来るよね?」 「カイト……」  セシルは肩に腕を回しながら顔を覗き込んだカイトを複雑な顔で見た。 「今日の満月祭り、友達はみんな行くって言ってたよ。トミーはクリスと、ジョシュアはリルムと。君が来ないと僕はまた独りぼっちだよ。ね、来るよね?」 「でも……母さんが……」 「駄目だって?」  カイトは大きく溜め息をついた。 「ね、セシル。君がお母さん想いだって事は分かってる。だけど、もう十六歳だろ?いつまでも母さんの言い付けを良く聞く良い子でいる必要は無いんじゃないかな?そう―― 君の母さんを悲しませるような事は絶対にしないから」  その言葉に顔を上げたセシルの視線に、カイトは真っ赤になった。 「ただ、君に……その……」  ゴクリと唾を飲む。  それから大きく深呼吸をして、カイトはまた口を開いた。 「ウサギを捕まえたんだ。君に―― シッポを渡したくて」 「カイト……」 「だから……だから!」  思わずセシルの肩を掴む。  セシルは真剣な眼差しのカイトから視線を逸らすと、コクリと肯いた。 「分かった……」 「えっ?」 「分かったわ、カイト。今日のお祭り、私行くから」 「ホント?」 「ええ、必ず」  たとえ母さんに嘘をついても―― だって小さい頃から憧れていた満月祭りなんだもの。  セシルは心の中で呟いていた。 「それじゃあセシル、母さん行って来ますからちゃんと戸締まりしてね」 「ええ、分かったわ―― 帰りはいつもぐらい?」 「そうね、それぐらいね」  満月祭りの夜には、大人たちも出掛けて行く。  若者たちと違って村の聖地と呼ばれる森に集まるのだ。  そこでは他の村との交流などについてや、村を出て外の世界で暮らしている者からの報告が行われているようだった。 「いってらっしゃい」  セシルは軽く手を振ってからドアを閉め、鍵を掛けた。  いつもはそのままアニタが帰って来る時間まで部屋で大人しく本を読むのが、セシルの日課だった。  が――  セシルはその脚で部屋に駆け込み、すぐに出掛ける準備を始めた。  真新しい白いワンピースに袖を通す。  真っ先にカイトに見せたい―― そう思って取っておいたワンピースだ。  カイトは何と言うだろう?  誉めてくれるだろうか?  ドキドキしながら鏡を覗き込む。  そして唇に薄ピンクの口紅をひくと、いそいそと待ち合わせの場所へ向かった。  東の空に丸い大きな月が見える。  何と表現していいのか分からないほど綺麗な月だ。  風が吹いて雲がその月を隠す。  セシルは約束の場所に着くと、ポケットからコンパクトを取り出して髪を整えた。  月が隠れていて暗いため見えにくい。 『君に―― シッポを渡したくて』  そう言ったカイトを思い出す。 「どうしよう……なんて言う?何と言って受け取る?」  鏡に向かって自問自答する。  ずっと憧れていた瞬間が、もうすぐやって来るのだ。  どんどん高鳴っていく胸に思わず手を当てたその時、向こうの木立の所からカイトが歩いて来るのが見えた。 「セシル―― 来てくれたんだね!」 「カイト」  カイトは急いでセシルに駆け寄るといきなり抱きついた。 「あ……」 「あ―― ゴメン。来てくれないんじゃないかと思っていたから嬉しくてつい……」 「平気……嫌じゃないから」  セシルが首を横に振って微笑む。  そのセシルをじっと見つめて、カイトも照れくさそうに笑った。 「その―― 綺麗だよ。とても。白いワンピースがよく似合ってる」 「ありがとう」 「や、やっぱり君がこの村で一番綺麗だ」 「ありがとう」 「そんな見事なブロンドも見たこと無いし、それに……えぇっと……だから……」  黙って微笑んだセシルに、ますます緊張する。  カイトは大きく息を吸い込み思い切ってポケットに手を入れた。 「これ……」  震える拳をセシルの前に突き出し、ゆっくりと開きながら続ける。  頬が紅潮している。 「受け取って欲しいんだ。君以外考えられないから」 「カイト……」 「受け取ってくれる……よね?」  胸がドキドキしている。  心臓が今にも口から飛び出しそうだ。  これを受け取ったら、それは―― 「あ……ありがとう」 「それって……」  セシルは手を伸ばしてウサギのシッポを受け取ると、胸の前でギュッと握り締めた。 「やったぁ!」  途端にカイトは空に向かって拳を突き上げ、大声で叫んだ。  そのまま何度も跳び上がる。 「やった!やった!やったよ……」  そんなカイトをセシルも幸せそうに見つめた。  たった今、自分はカイトの差し出したウサギのシッポを受け取った。  将来を約束した――  今まで感じた事の無い気持ちに身体は震えた。  熱い頬にサワサワと心地よい風が吹く。  風はセシルの金髪を揺らし、木の葉を揺らし、月に掛かる雲を―― 「カイト――?」  月がその丸い姿を現す。  次の瞬間、セシルは我が目を疑った。  カイトは―― カイトは! 「き……きゃぁあああああっ!!」  闇を切り裂いたセシルの悲鳴はすぐに途絶えた。  カサカサと茂みを掻き分ける音が辺りに響く。  雲に隠れた月の下を人影が進む。  その影は横たわったセシルを見付けると真っ直ぐに歩み寄り、傍に跪いた。 「セシル―― あぁ……何と言うこと!だからあんなにあなたは特別だからと言って聞かせたのに。どうして母さんの忠告を聞いてくれなかったの?―― いいえ、いいえ違う!悪いのは母さんだわ。あなたに本当の事を言えなかった母さんが悪かったんだわ。だけど分かって。この村の秘密を知ったあなたが、ここを出ていってしまう事が怖かったの。だから言えなかったの。セシル……あなただけが変身できないなんて!」  深い海のような青い瞳から涙は溢れ、セシルの血に染まった白いワンピースの上にポタポタとこぼれ落ちた。 「セシル……私のセシル……」  風が吹き、再び月が現れる――  狼へと姿を変えたアニタは、最愛の娘の亡骸の傍で満月に向かって悲しげな声を上げた。